沿革

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沿革

南北朝時代

旧薬園創設者賽郭夫妻・忠僕佐兵衛の木造当家の祖初代兵部為定は吉野南朝に仕えたとされ、16世紀中頃大和国吉野郡下市で葛粉の製造を始め「吉野葛」の名称で、世に知られるようになる。
森野吉野葛本舗の創業。

江戸時代初期

1615年(元和2年) 当主、与右衛門貞康が葛粉の製造により適した良質の水、寒冷な地を求めて現在地の地「大宇陀」に移住。
以後も、代々葛粉の製造を継承し、朝廷はじめ幕府及全国大小諸侯の御用を勤め承る。現在も天皇御即位式の折には森野吉野本葛をお供えする風習が残る。

江戸時代中期

賽郭が建てた薬草研究自適に過ごした 「桃山岳(とうがくあん)」 (250年前の建立)第11代当主森野賽郭は、薬草に対する造詣が深く、幕吏に随行して近畿一円から北陸地方まで数回にわたる採薬、調査旅行を行う。時の八代将軍徳川吉宗公の漢方薬の自給自足と農事振興の施策に合致し、褒賞として下賜された薬草を、賽郭が自家の薬園に植え、当森野旧薬園が興る。

江戸時代末期

賽郭によるその後の採集旅行と当代の文化人との交流を経て薬園は年を追って盛んになり、幕府官園の補助機関となる。
賽郭自身、享保20年に苗字、帯刀を許される。当薬園の名は商品作物農業の進展につれて高くなり、平賀源内、皆川棋園、田村元雄、池大雅とも交流のあったことが記録に残る。賽郭の死後も当薬園は維持されてゆき、西洋医学を志した学者とも交流があった。

明治時代

廃藩置県や洋薬輸入等の影響により、江戸期以来の藩営薬園の類いが殆んど廃絶する。その中でも幕府直轄の小石川薬園が明治8年に小石川植物園と名を変えて保存された他は、当森野薬園のみが往時の姿を伝え、希少なな資料と共に今日に残る。

大正時代

1926年(大正15年)2月、当薬園の貴重さと、保存に対する意欲が認められ文化財史跡に指定される。

昭和時代

園内の薬草を凝の外興味深げに ご高覧される昭和天皇陛下1951年(昭和26年)11月 天皇陛下の御臨幸を賜わる。
以後、弊社製吉野本葛を「みゆき」(御幸)と命名。 
1966年(昭和41年)6月 賽郭翁没後200回忌記念事業を開催。
1966年(昭和41年)10月 株式会社森野吉野葛本舗設立。

平成時代

1998年(平成10年)4月 森野旧薬園 資料館開館。
2002年(平成14年)11月 西山工場・直営店「葛の館」を設立。
2010年(平成22年)12月 資本金を5,400万円に増資。